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田原俊彦、藤島メリーさんを偲ぶ「一番揉めたのは僕」

田原俊彦、藤島メリーさんを偲ぶ「一番揉めたのは僕」

メリー 喜多川(メリー きたがわ、Mary Y. Kitagawa、本名:藤島メリー泰子〈ふじしま メリー やすこ〉、1927年(昭和2年)12月26日 – 2021年〈令和3年〉8月14日)は、日本の実業家、芸能プロモーター。ジャニーズ事務所名誉会長、レコード会社「ジャニーズ・エンタテイメント」の代表取締役社長も務めた。
7キロバイト (936 語) – 2021年8月19日 (木) 09:00
哀悼の意が聞こえてくるのは人望の表れ

1 爆笑ゴリラ ★ :2021/08/18(水) 19:52:53.38

8/18(水) 18:07
スポーツ報知

田原俊彦「好きでしたが、多分僕が一番もめてケンカした」ジャニーズ事務所・メリーさんを追悼
イベントにはハイテンションで臨んだ田原俊彦
 歌手の田原俊彦(60)が18日、都内で行われた初のオールタイムベスト発売記念「Simeji」コラボイベントに出席し、14日に肺炎のため死去したジャニーズ事務所名誉会長の藤島メリー泰子さん(享年93)について言及した。「厳しくて、それでもって優しいお母さんのような存在」としのんだ。

 田原がメリーさんと初めて会ったのは15歳の頃。ジュニア時代から「かわいがっていただいた」といい、80年の歌手デビュー後、約7年にわたってメリーさんプロデュースで衣装が制作された。94年に退社するまで、支え続けてくれた。

 田原は“育ての親”について「ジャニーさんがクリエイターならメリーさんはプロデューサー。政治的なもめ事も含め、いわゆる怖い人を演じないといけなく大変だったと思いますが、タレントファーストの優しい方」と懐かしそうに振り返る一方で「僕はメリーさんが好きでしたが、多分僕が一番もめてケンカした。メリーさんからしたら、一番めんどくさいタレントだったと思います」と苦笑いした。

 ここ2~3年、メリーさんが体調を崩していたことは聞いていたという。19年にメリーさんの実弟・ジャニー喜多川さん(享年87)が亡くなってからは「どうなるのかな」と特に気に掛けていた。訃報は17日に流れた速報で知った。自宅のベランダから天国のメリーさんへ「ジャニーさんと会えましたか?」と心の中で語りかけたという。「生まれ変わりがあるとしたら、歌って踊って世界がとれるような仕事を一緒にしたいですね」と語った。


(出典 amd-pctr.c.yimg.jp)

https://news.yahoo.co.jp/articles/7cb16f16bbe884e5be09621fa2bbef1050f03e55

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